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ものつくりの生活と仕事から。 大島寛太の日記パート2

所感

ブログを最近更新していなかったので、
なにか投稿しようと思うものの、、、なかなか言葉が出てこない。
首とみぞおちの間あたりになにかつかえているものがあって。

先日からニュースでも大きく取り上げられている原発のことです。

大飯原発の再稼働、正直に言って、まじかよという想いです。

産業、医療、雇用などの面から、原発の即時撤廃が難しいことは僕でも想像はつくんですが、何故再稼働が必要かという十分な説明もなく、長期的な国としての姿勢も示さぬまま。なんとなくなし崩し的に『しょうがない』というような印象しか受けない。

福島は事故を起こしてしまったけれど、他は大丈夫という根拠はどこにあるんだろうか?福島原発だって絶対に大丈夫という太鼓判を押されて操業していたはずです。ところが自然がどのような振る舞いをするか、人間には完全に予測できない。大体、核廃棄物の処理方法さえ確立されていないのに、何十万年も放射線を出し続けるゴミを生み出しながら今日の明かりを灯すという考え方に、どうしても賛成できない。

そのゴミどうするの?
子供達の子供達の子供達にバトンみたいに渡して行くのは核廃棄物ではなく、安心して呼吸できる空気と、安心して魚を食える海と、安心して作物を食べられる大地でありたい。


僕はどちらかというと社会運動には積極的な方ではないです。
社会運動に興味を持ち始めると、どうしても敵と味方のイメージがつきまとってしまう。こちらが正で向こうが誤。川のこちら側は善良で、向こう岸は嘘つき。もっと白熱するとこちらが正義で、向こうが悪であるという構図になりかねない。

僕は自分が正しい人間だとは思えない。非常に欠点の多い、不完全な個体で、ましてや正しい判断が出来る人間だとは尚更思えない。知識もない、洞察は自分の出来る限りしか出来ない、どの方向へ向かえば世界は明るいのかなど、子供の作文程度のことしか言えない。

でも逆に言うと、子供の作文程度のことならば、主張がない訳ではない。

人生のなかで、僕は善悪で計りがたい場面に出くわす。道はこの先で2本に分かれており、その内の1本を選ばなければいけない。そのようなとき、僕はどちらが自然であるかと考えてみる。自分の心情に対して自然か?という事ではなく、自然界の摂理に沿うているか?という問いです。人間の価値観はみなそれぞれの基準や人生の上に成り立っている。自然の摂理というのは、ただひとつです。

自然という絶対基準から、原発はどうもあまりにかけ離れているように思う。

今年の8月に、これからの日本のエネルギー政策の方向を決定すると、ニュースやFBで見ました。とても大事な問題で、いまは大事なときなんだとひしひしと感じます。僕は脱原発の方向を希望します。


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  1. 2012/07/08(日) 23:04:00|
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