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ものつくりの生活と仕事から。 大島寛太の日記パート2

銀木犀〈東砂〉


銀木犀〈東砂〉へ納品する家具の製作がひと段落つきました。

言いたいことなんてなにも残っていない。
すべて家具に放り込んだ。

・・・

というのが率直な心境です・笑

昨年末の材料の買い出しから、他の仕事をはさんだものの、3ヶ月間の製作をひとまず終えて、
昨日積み込みを終えた4tチャータートラックを見送りました。

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今年は梅の開花が早く、1月のうちに咲き始めた梅の花にカメラを向けていたのがつい先日のよう。
銀木犀の食堂でお使い頂いているアームチェアは、試行錯誤を繰り返しているのですが、
今回は4回目のマイナーチェンジを施し、まずは製図と型板起こしから。

それから届いた材料を選材し、どの板をどのように使うかを鉛筆で印を付けながら考えます。
この作業は木取りといい、地味ですがとても大事にしています。
木目、キズの有無、目(繊維)の通り方などをよく観察し、一脚の部材はなるべく一枚の板から取るようにします。

というのも、材木屋さんで仕入れる板材は、様々な丸太から挽いた板がランダムにひと梱包になっており、
人間のひとりひとりに個性があるように、同じ樹種の板であっても色や木目、総じて目に映る印象はさまざまです。
このように一本の丸太から取れた材料のことを、〈ともぎ〉といい、
字は〈共〉でも〈友〉でも間違っていないように思います。

加工は部材ごとに行いますが、組み合わせたときに部材ごとの個性のギャップが混在しないよう、
木取りのときにつけた〈ともぎ〉の合い印は転写しながら最後まで残しておき、組み立てのときに揃えます。


さて東砂はメープルです。
いままで銀木犀には、ホワイトアッシュ、ナラ、山桜、メープル、ウォルナットと5種類の材種で、
椅子とテーブルを納品させていただきましたが、経営者の下河原さんから〈今回はメープルでいこう!〉というお話しがありました。

明るい色目の木肌は緻密で、派手さはなく、清楚な印象。
一見すると繊細で柔らかな印象を受けるのに、材質は重硬で粘り強い。
木に触れていると思うのですが、どの木にも人間の性質に例えられそうな特徴があります。

メープルは、清楚でつつましく、穏やかな笑顔の奥に、強い意思を秘めた女性。
・・・という感じがします。個人見解では、与謝野晶子です・笑。

シェーカー家具といえば家具の様式、生き方に直につながった、様式を越えた思考の産物としてあまりに有名ですが、
シェーカー教徒もまた、メープル材を愛用しました。

控えめな表情、穏やかな光沢、長い年月の使用に耐える強靭さ。
それらの性質がシェーカー教徒が美徳とするものと一致していたのではないかと想像します。
シェーカーの家具では適材適所が実践されているので、なにもかもをメープルでつくるということは、当然ありませんけれど。

シェーカー教徒の暮らしというのは大変に厳しく自分を律するものであったようです。
自給自足、外界ほぼ断絶、早寝早起きで質素勤労に徹し、性交は禁止。
子孫をもうけないのですから、シェーカー教団が消滅してしまったのは自然な結末だと思いますが、
そうした厳しい規則のなかで、シェーカー教徒が存分に持てる能力を磨き、
引き出しの取っ手のひとつにいたるまで美しく造形する意思は、
生かされていることへの感謝でもあったように、僕は思いを馳せます。

ディテールは違いますが、銀木犀にも同じ〈意思〉を感じます。
楽しく毎日を過ごす。元気に毎日を過ごす。感謝を忘れずに過ごす。
特別なことではなく、それは大抵の人が持っている普通の願いだと思います。

そんなふうに、最後まで普通に生きる。
個人的に、また社会的に。
そういう場所をつくる。
それが、銀木犀の使命なのだと、下河原さんのお話しを聞くたびに感電します。

〈普通〉を〈自然〉に置き換えても良いのかもしれません。
〈普通〉とはなんなのか、〈自然〉とはなんなのか。
それを決めるのもまた意思なのだと思います。




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発送を終え、妻の差し入れでご苦労さん会の昼酒.。
3月2週目からは一日も休まず、連日の残業もいとわず、
毎晩インスタントラーメンをひとつ鍋から分かち合った中山君はもはや同志です・笑。



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  1. 2016/03/31(木) 05:00:51|
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