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ものつくりの生活と仕事から。 大島寛太の日記パート2

ワゴン制作中


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本日、2月23日は72候の霞始タナビク。
霞が春景色を彩りはじめる頃。とのこと。

ここのところ寒さが戻って来て、夜は寒いですね。

ドアが終わって、次はワゴンをつくっております。
注文をいただいたのはもう一年半くらい前。
新聞に載っている、2台で1万円の中国産のワゴンの切り抜きを持参されて、
『こんなのつくってくれい』と申しつかったもの。
これより最低10倍高くなりますよ?これを買われた方がいいのでは?
とお答えしたところ、それでも良いと仰るので、注文を受けたものの、その切り抜きを見る度にテンションが下がり、他の仕事の忙しかったことを理由に、ずっと先延ばしにしてしまっていたもの。
もういい加減怒っておられるだろうと思い、お電話してみたところ、つくって良いということなので、改めて新聞の切り抜きを眺め、落ち込む。

結局、やっつけ仕事で済まそうと思うから気が進まないんですね。
儲けのことを考え始めると、本当に仕事はつまらなくなる。
いいもんつくろー!と思うと、やる気が出てくる。
その代わり、儲からなくなる・笑。
時給いくらなんてせこい考えは、やめだやめだ!
納得のいくようにやろう!


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  1. 2013/02/23(土) 00:40:33|
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栗と漆喰のドア

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先日、つくりかけの写真を投稿したドアの制作が完了しました。
屋外側は羽目板。主材は栗と、ガラス額縁と格子にウェンジを選択しています。
屋外側は、真鍮の自作金物と栗丸棒のハンドル。
ロウ付けはボツを出しつつも、最終的にはコツを掴めた感じ。
鉄より柔らかくて脆いので、曲げでもボツを出しました。
いい勉強です・苦笑。
左下の方にネコ窓を設けています。




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屋内側は雨が当たらないので、無垢鉄の質素なハンドルにしました。
白い部分は合板の下地に漆喰を塗っています。
屋内側のガラス縁は漆喰に目立たないようメープルで。

いままで自宅でつかっていたドアは、多分8年くらい前、木工のモの字もよくわかっていない頃につくったもので全体が緩んでしまっていて、取っ手を思いっきり持ち上げないと開かなくなっていたり、あるとき私が思いっきり頭突きしたために板が外れかけていたりと、かなりガタがきていたのです。それでも妻が補強や修理をして今までつかっていましたが、いつかつくり直したいと念願していたもの。

週末に無事吊り込んで、早速つかい心地を試しています。ニャゴもちゃんとネコ窓を通ってくれた!いままでなかったガラス窓から射し込む光が明るい!ドアの下がゴリゴリ擦らない!しかし気がつくと、開け閉めのときにハンドルをグッと持ち上げていたりします・笑。


さて今日、2月18日は24節気の雨水。雨水がぬるみ、草木が芽吹き始める。
72候は土脉潤起。どみゃくうるおいおこる。暖かい気候に土が潤い活気づく頃。とのこと。

昨秋に苗を植えた畑のブロッコリーが、もうすぐ食べられそうなくらいに膨らんできました。





  1. 2013/02/18(月) 00:35:29|
  2. 仕事
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材木市

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昨日、一昨日と岐阜県の各務原へ、平野木材さんの定例市を見に行って来ました。
友人のSさんの車へ同乗させて頂いて、トラックの助手席で片道6時間の大名旅行。

平野木材さんの材木市は、一見さんでも保証金を払うと競りに参加する事が出来て、買ったものを即日引き取ることが出来ます。僕は今回は視察のつもりで来たので何も買わなかったけど、土場にずらっと並んだ原木・製材品を片っ端から競ってゆく掛け声の小気味よいテンポに、危うく手を上げたくなりました。



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土場は、半分くらいが原木で、半分くらいは製材品がならんでいます。一枚100円の板から数十万円の板まで。午後からの原木の競りは時間的に見る事が出来なかったけど、ケンポナシやホオ、キハダ、チャンチンといった普段なかなか良材に出会わない、そして使ってみたい木も並んでいて興味深かった。写真は大きなカヤの原木。カヤは甘い、すばらしくいい香りのする木です。木口が“やるぞー”って両手で力こぶをつくってる人みたい。



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とにかく競りの掛け声が気持ちよくて、待ったも未練もなし、スパッ、スパッと取り引きが完了してゆきます。真ん中の青いカッパを着ているのが競り人の方。『ハイ!イチマンエンカライチマンエンカライチマンエンカライチマンエンカラ、ハイ!イチマンイッセンエン!ハイ!イチマンイッセンエンイチマンイッセンエンイチマンイッセンエン、ハイ!ソチライチマンニセンエン!イチマンサンゼンエン、イチマンゴセンエン。イチマンゴセンエンイマセンカイチマンゴセンエンイチマンゴセンエン、ハイイチマンハッセンエン○○番さん。一万八千円、○○番!はい次は・・・』

あかん・・・頭のなかでまだコダマしてる・・・。行ってみて良かったです。こういう仕入れ方もあるんだと非常に参考になりました。




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そして前夜は7年ぶりに、級友・佐伯さんと再会して、佐伯さんの後輩・ケンタロー君の家で鍋をかこんで、真面目な話とアホな話で夜更かし。佐伯さん、ケンタロー君、ありがとう!すげー楽しかったー・笑。




さて今日は72候の魚上氷。うおこおりにのぼる。
温かくなった水の中に、魚の姿が見え始めるころ。との事。

気付けばバレンタインデーじゃないか!
友人のたまきさんが送って下さった雑穀マフィンで、特別な朝食を楽しもうと思います。
どうもありがとう!


  1. 2013/02/14(木) 00:57:23|
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ドア制作中

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ドアの制作中です。
といいましても、じぶんちのドアです。

材料は栗。もっと明るい色の木肌ですが、アンモニアガスで燻すとアルカリと反応して強く発色します。この写真は電球で照らしているので実物とはちょっと色合いが違いますけれど。もう少しくすんだ、焦げ茶っぽい感じです。

四角い切り欠きは、今も隣りでストーブにあたっているニャゴのためのネコ窓。小さい穴が見えているんだけど、切り取った板をそのまま戸板にして、押しバネで横軸で差し込んで、パタパタ開くようにしています。





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今まではハンドルは鉄か、鉄と木を組み合わせてあつらえることが多かったのですが、ウチのドアはもろに雨風が直撃するので、錆だらけになるのが目に見えている。加えて栗は鉄と反応しやすく、雨で流された鉄分で、ハンドルの下の木部は黒く変色してしまうだろう。

やったことのないことを試験してみるのが好きなので、今回は栗の丸棒を真鍮の金物で支持することに決めた。真鍮のロウ付けは明日やってみます。自宅のドアなので、いろいろな試験、実験を盛り込んでいます。





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羽目板の膨張に対する逃げはどれくらいあれば十分か。使ってみたかったチェッカーガラス。室内側の合板に塗る漆喰の耐久性、PIボンドの耐水性と強度、自分で長く使ってみないと分からない事がたくさん。小うるさい僕が発注者なので、仕事は手を抜けません。


本日9日は72候の黄鶯晛皖。こうおうけんかんす。
ウグイスの初鳴きが聞こえてくる頃。とあります。歳時記カレンダーより。

愚寛  『もう?もっと先じゃなかったっけ?』

おゆうはん 『もうやで!』


先週、暖かい日が数日続いたので梅の花がすっかり開いています。
フキノトウの花も咲き、椿も咲き、2歩戻って今日は雪。

来週はクラフトマキダダの城本さんに、岐阜県まで材木市に連れて行ってもらって来ます。
高山の技能専時代の同級生の佐伯さんにも会えることになって、楽しみです!

クラフトマキダダ HP →

山の前製作所 HP→





  1. 2013/02/09(土) 00:50:20|
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立春


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先月の28日は初不動でしたので、妻の実家、不動寺ではお餅撒きがありました。
和歌山に引っ越して来てから7年目になりますが、このお餅撒きにに行くのは初めて。

そもそも北海道にいた頃はお餅撒きの存在すら知らなかった・笑。
和歌山は、お餅撒き好きですね。何かと言うとすぐお餅を撒いてくれます。

僕はこれは原始共産主義の名残だと思ってます。
昔から富める者と貧しい者はあって、あるところにはあるし、ないところにはない。

このお餅撒きってのはお日様や雨のように平等に空から餅が降ってくる。
昔のお餅っていったら大変なご馳走です。
昔の感覚はわからないけど、100円玉が降ってくるような感覚だろうか。
しかも、財布には20円しかない状況で。

それは恵みだったんじゃないだろうか。
と考えている訳です。


妻の実家がお寺なので、義父は住職を務めておられますが、
その義父から聞いた話の又聞きですが、
お盆のお墓へのお供え物は、本来引き取らないものであったそうです。

お墓に供えた食べ物は、もちろん祖先へのお供えなんだけれど、
それを必要としている物が、お供えをこっそり食べてしまうことは黙認されていたそうです。
つまりお供えは、同時に施しとなって、いのちを繋いでいた。

その構図が、僕は美しいなあと思う。
慈悲とは人が乗り越えなければいけない最後の障害であると、ニーチェは語っていたと思いますが、
それを乗り越えられないところに、人間のかなしさを感じます。かなしさは沖縄では“愛しさ”と書きますよね。
そういう意味での、かなしさ。

このお墓の話を思い出すと、いつも“マラケシュの声”という本を思い出します。
エリアス・カネッティの著作で、モロッコのマラケシュをさまよう紀行文といえば紀行文にあたるような内容。
そのなかでお墓に乞食が出てくる理由が、このお盆のお供えの話を聞いて、根本的に理解できたような気がします。



さて今日は24節気の立春。72候は東風解氷。とうふうこおりをとく。
自分の気乗り任せにしているとブログの更新がとびっとびになってしまうので、
やはりわたしには歳時記カレンダーが必要・笑。

暦に合わせてブログをコマメに更新しようと思いを新たに、新年を迎えたはずなのに、さっそく一月をサボり通し、いや、旧暦で行こうと自分を励まし、今日、ここに思いをあらあらたにす大島。











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  1. 2013/02/04(月) 01:27:40|
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