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ものつくりの生活と仕事から。 大島寛太の日記パート2

ポスト納品



今週はポストの納品へ出掛けてきました。

千葉県鎌ヶ谷市にオープンした高齢者専用賃貸住宅・銀木犀。7月にはダイニングアームチェアを納品しましたが、まだ実際に足を運んでいなかったので。まさか自分がこういった施設の家具をつくることになろうとは予想していなかった。

銀木犀は外観、エントランスに始まり屋内まで、非常に気の行き届いた落ち着きのある設計でした。写真を撮り忘れてしまったんだけど、植樹されたばかりの庭木が、建築に若々しさを添えている。玄関前の三和土風の土間に埋めてある大谷石の淡くかすんだ青緑が美しい。ポンポンポンと三本だけ。三和土は赤土にほんの少しセメントを混ぜたそうで、大谷石とのコントラストはパステルで描いたイメージスケッチのようにあたたかい。2枚引き違いの玄関ドアは、4辺を幅をもたせた無垢材の框で組んであって、大きなステンドグラスがはめこんである。ステンドグラスといっても色ものではなくて、品のある透明の型板ガラスのシンプルな格子になっている。ここまで見ただけで、この建築にこめてある想いがどんなものか伝わってくるというものです。




その玄関を入ったところの右側の壁に集合ポストを納品してきました。僕の考えた名前はパグ・ポスト。大きな頭に短い足。どことなくユーモラスな印象にしたかったのは、下河原さんからいただいた“歩き出しそうな脚にしてほしい”とのリクエストの僕なりの解釈でもあります。




主に使っているのは栗材。取手は先日も紹介しましたが真鍮製の自作です。








切って、穴をあけて、叩いて曲げて。角を鑢で整えて。手間はかかるけど楽しい時間でもある。




おばあちゃんが黙々と花の絵を描いている。大きな窓から入ってくる日射しが心地よい。いわゆる“施設”という概念の枠を背伸びをするように取り払って、入居される方が気持ちよく過ご
せる家をつくりたい。そういう下河原さんの気持ちをひしひしと感じながらのポストの制作でした。銀木犀の日々の暮らしのなかで、人と人との間にあってその役割をはたしていってくれることを願っています。ありがとうございました。


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  1. 2011/09/30(金) 23:35:00|
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続・ポスト制作中




56口のポストの制作を続けています。
部材が多いので手間がかかりますが、もとは数枚の製材しただけの板であったものが、次第にかたちを現してくるのが面白い。上画像の縦仕切り板は面材が栗、内部材は杉の矧ぎ板。




縦仕切り板には錠をかけるための掘り込みを設けています。













仮組みで加工の精度を確認してから順を追って組み立て。
すべての部材をホゾ組みしていきます。







前板が56枚。納品先が空調のばっちり効いているであろう施設なので、念には念を入れて木口を端喰で納めます。





制作もいよいよ大詰めで、今日は金物の自作。1.5mmの真鍮板を所定の寸法に切り分けて、加工を施していきます。あとは、ガスで熱して叩いて表情をつけ、曲げて、角をヤスリで整えていく。

僕は金属という素材が、木材や皮革、布や石、土や竹と同じように好きです。プラスチックやゴムは言うまでもなく好ましくない。普段生活していると慣れっこになっていますけれど、そういう人工素材の一切ない場所に身をおくと、プラスチックの違和感がよくわかる。
考えてみれば食べ物も、僕は素材に対しては好き嫌いはほとんどないと言えると思う。強いて言えば干し椎茸の戻したやつ・・・。味付けに対しては好き嫌いがあります。

話を戻して、金属には木にはない長所があり、同時に木にはない短所もある。一軒の家屋が、木材だけで、金属だけで、コンクリートだけで成り立たないように、素材は幅広く扱えた方が自由が利く。家具をつくっていると金物の選定は頭を悩ます重大事で、なにせ市販品は買って手元に来てみるまで本性がわからないし、イメージにぴたりの金物などあろうはずがない。

触ってみると金属という素材は、その道のプロではないせいも手伝って、おおらかに仕事が進
められる。ちょっとくらい寸法が違っていても木の方でつじつまを合わせる。熱して、叩いて、劇的に表情が変わる。

仕事にこだわっていくと際限がなく、ふと“やりすぎている”と感じることもありますが、自分のなかのイメージに忠実に従うのが、仕事のなかの仕事だと思っています。制作を進める中で、最初の設計を変えたくなっても(そういうことは多々あります)、絶対に変更すべきだと確信がおこる場合以外は変更しないようにしています。読書も、仕事も、最後までいってみなければ結果はわからない。最後までやってみなければ、自分のしていることの意味など、誰にもわかりません。


  1. 2011/09/12(月) 21:56:00|
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台風12号

おはようございます。

台風12号による風雨の被害の凄まじかった紀伊半島。僕が現在暮らしている田辺市長野地区内でも土砂崩れ、道路の欠損、家屋倒壊、河川氾濫があちこち。本当にお気の毒なことには2名の方が亡くなり、3人はまだ行方不明のままです。

我が家の方は、人・ネコ・家ともに無事でしたが、たくさんの方からお気遣いの連絡をいただき、随分励まされました。

猛烈な雨が降り続いた3日の夜。4日の午前4時ころ、隣の沢から水が流れてきたのに結が気付き、ヘッドライトの明かりを頼りに沢の方へ道を上がっていくと木の株や石がゴロゴロと流れてくる。これはまずいとすぐさま引き返し、土砂に埋まらないうちに軽トラを動かし、近所のタケヤンの家に避難。うん、家は流されるかもしれないなと覚悟しながら。

夜が明けてから歩いて家の方へ来てみる。最初に流れてきた水が一番激しかったようで、避難したときから状況はそれほど変わっていない。台所の土間に泥水がすこし入った程度で、家の方はそれくらいで済んだのは幸運だったとしか言いようがない。

沢の方へ上がってみると、流れをまたいで道があったところは見事に土砂と岩と、バキバキに折れた木(主に植林された針葉樹)で埋まっている。あとから判ったのだけど、沢の上流かるく500メートル以上うえから土砂崩れが起きたところが、滝のようになって遠くからも白い筋になって見える。いまは水も落ち着きましたが。

結の窯の方が大変で、沢が土砂でせき止められて溢れた水が流れ込み、窯小屋の基礎から1.5mほどのところまで、石垣を積んで作っていた地面が崩落してしまった。窯本体は無傷で、屋根があるところは雨がかからず地盤が固かったのか窯小屋の被害はなし。ただ石垣を積み直すのに小屋を一部解体しなければならんやろうなあ。





家から窯小屋の方を見たところ。この右側の一段高いところに道があり、沢は小屋の向こうを流れている。沢から溢れた水が、道路を伝い、低くなった家の方へ流れ込んできた。






もとは、沢をまたいで道があったところ。家からすこし道を上がったところ。






雨があがるとすぐにユンボで駆けつけてくれたタケヤン。流れの底を掘って水が溢れないように応急処置をしてくれてる。楽しそうにユンボにまたがってます。





堆積物。流され残った岩やら倒木や土砂がこんがらかって大きな塊になって、沢の上流や下流に残っている。





窯の前。植わっていた梅の木も落ちかかっている。写真の奥の方が沢で、向こうからどっと水が溢れてきたんだろう。






これは地区内の道路。通称は竹内坂。この上のほうで危うく家屋ごと土砂崩れが起きそうになっていた。





同長野地区内の大江橋。橋のたもとのところで道路が落ちていた。4日の朝方の写真なので、水の量はまだ多い。けれども3日の深夜にはこの2倍を軽く超えていたはずです。この川/左会津川の上流にニュースで頻出した伏菟野(ふどの)地区がある。



ニュースを見ると災害はどこもかしこも。これからが大変だとおもいます。
東日本大震災の映像が目に浮かぶ。今回の台風被害はまだ軽かったと言わざるを得ない。とはいえ人の命の重さは比べようがありません。家族を亡くされた方の心痛を思うと言葉がでません。埋めようのない穴。いのちのかけがえのなさを知るのみです。


僕たちは家に戻りました。これからボチボチとまわりの掃除をしてゆきます。
  1. 2011/09/08(木) 05:34:00|
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