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ものつくりの生活と仕事から。 大島寛太の日記パート2

桜始開

 一昨日3月26日は72候の桜始開。
さくらはじめてひらく。桜の花が開き始める頃。
とのこと。





ブログを通して24節気と72候をなぞっていると、まるで季節とずれているように感じるものもありますが、今回はぴったり。当地でも山桜が咲き始めました。近くによると非常に良い香りがする。前にも書いたことがあるようにおもいますが、「近くによると・・・」っていうところが好きです。忙しそうに蜜蜂が働いている。

仕事場ではアームチェアの試作の続き。紙に向かい、書いては消し、書いては消し、試作3号は1/2モデルをつくり、やっぱり違う。4号の1/2モデルにとりかかっています。


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  1. 2011/03/28(月) 23:12:00|
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春分

早いもので今日3月21日は24節気の春分。
72候は雀始巣。すずめはじめてすくう。
スズメが巣作りをはじめる頃。とのこと。

依然原発は予断を許さない状況で、
朝・昼・晩とニュースを調べるのが日課のようになっています。
最悪の事態には至っていないものの、モニタリングの数値が不透明で、
はっきり言って、ヤバい数値に関しては公表してないなのではないかと疑ってしまいます。

仕事場ではアームチェア試作3号のデザインの合間に額縁の工作。

お客さんと話をすると、「コレはどこの木ですか」とよく聞かれます。
食品では産地表示は当たり前ですが、それ以外の分野ではどうだろう?
例えばティッシュ。これはどこ産のパルプですか?なんてそういえば思ったこともない。
クルマ。どこ産の鉄ですか?なんて思ったこともない。
一体、どこからどういう経路でやって来たのか分からないものに囲まれた生活に、そういえばとりたてて疑問を感じてもいない。有るのが当たり前で、消費することに無責任になってはいないか。ハイ。なってます。

話を戻して・・・お客さんと話をすると、「コレはどこの木ですか」とよく聞かれます。
一応、国名は答えられます。国産の材料であれば県名を答えられるものもある。

今回の額は龍神村で活動なさっている「詩人・せい」さんからのご依頼で、地元の材料を使っています。龍神村の杉。





古来、日本人の生活、暮らしに必要不可欠であった杉。杉や檜という木が豊富であったからこそ、日本の文化が生まれたという方が正しいのだろう。日本人の文化が杉をつかったのではなく、杉という木に沿って、技術・文化が育った。当たり前ですけど、日本の気候・風土が日本の文化を制約し、その制約があるからこそ文化はある方向へ発達した。制限のない自由は360度に拡散してしまって、方向性を持たないというのが僕の持論です。

よく日本特有の美意識として“侘び・寂び”が挙げられますけど、果たしてこの価値観を国民性として持っている国は他にあるのだろうか?まあ、国民性などというものがあるのかどうか、僕は甚だ疑わしいと思うし、ひとからげに“~人”と括ってしまうことは非常に危険で、浅はかな考えだと思うけれど。

僕自身、“侘び・寂び”を理解しているとは思いませんが、杉を触っているとこの感覚を表現するには杉がもっともふさわしいのではないかという気がしてきます。年月を経て枯れた杉の風合いが好きです。気取らず、威張らず、静か。目をとじると、霧にけむる渓谷に聳える杉の林と、沢の響きが聞こえてくる・・・ような気がします。・・・ハイ、します。







軟らかい杉は仕上げの難しい素材です。
ペーパーをあてれば、角がまるくなり形がぼやけてしまう。
とくに額縁や建具といった指物の部類にはいる仕事では、面と面の出会う“稜”の潔さがいのちです。木工という仕事に携わり始めてから7年目に入った今でも、鉋仕事は勉強の連続で、鉋に教えられてばかりです。稜を立たせるには鉋仕上げが不可欠で、指物の仕事では、事情の許す限り、刃物仕上げを目標としています。








先日仕込み直した長台鉋での仕上げ。
細い部材で組む額縁は、上から鉋をあてると木がしなって中央部に削り残しがでるので、寝かせて削ります。この日も鉋に教わったことがひとつ。それは“勢い”。





  1. 2011/03/21(月) 22:12:00|
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アームチェアプロト


 


ここ最近の投稿で何度か触れていたアームチェアのプロト2号です。
去る3月5・6日と、注文してくださったシルバーウッドのS社長と設計士のSさんが視察・激励に来てくださることになっていて、なんとか間に合うようにと取り組んでいたもの。

高齢者住宅向けのものなので、座面は思い切って低く350mm。
座面を下げると、アームとテーブルH(高さ)との兼ね合いがでてくるので、アームはテーブルHと同じレベルにしてハーフに。これで食事をするのに支障がない程度にテーブルに椅子をひきよせられるし、アームとテーブルが同Hなので、いわばテーブルが体の側面まで伸びてきているような感覚になり、食事もしやすいのではないか。

そう思っていましたが、前回のプロト1号を実際に高齢者施設で試座していただいたところ、1番多かった感想は、華奢すぎて安定感に欠けるというもの。つぎに背もたれの角度がもっと寝ていた方がよいというもの。肯定的な意見もありましたが、頂いた意見をまとめると、これはイチから考え直さなければいけない。

今日は1日このプロトに座ってアイディアを練り直していました。
見ての通り、座面に対して背もたれの位置が高すぎるので、座って身を預けると骨盤が後傾してしまい腰が痛くなる。理屈ではわかっていますが、腰付近を支えるパーツがないと具合が悪い。気は逸りますが、結果は一歩一歩分ずつしか得られない。今はそういう風にしか、進めない。


・・・と悩んでいるところへユキちゃんが切干大根とワケギをもって登場。
先日「おばあちゃん点景」と題してアップした写真の、すみれ色のおばあちゃんはユキちゃんでした!






身長は低めのユキちゃんに、試しに座ってみてもらったところ「ちょうどエエワ~」とのこと。
座面の高さはいいみたいだ。背の低い方には。
写真が上手く撮れていませんが、とっても美人なおばあちゃんです。
モデルありがとう!

  1. 2011/03/17(木) 02:30:00|
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菜虫蝶化

 


3月16日。
和歌山、田辺市長野は季節外れの雪が降りしきりました。

暦を3つ飛ばして、久しぶりの更新になってしまった。

3月1日は72候の草木萌動。
3月6日は24節気の啓蟄と、72候の蟄虫啓戸。
3月11日は桃始笑。

昨日3月16日は菜虫蝶化。
なむしちょうとけす。菜の虫が蝶になり、飛び交い始めるころ。とのこと。
そういえば庭畑のブッコロリの葉っぱが何者かに食べられ続けている。
これは青虫の仕業だったのでしょうか。
でもまあ、その青虫を含めての世界のなかで生かされている訳なので、菜っ葉を人間は食べてよくて、青虫は食べてはいけないとは言えない。
大いに食べてくれたまえ!青虫君。
その代わり、わたしも大いに食べるから!
出来ることなら仲良くやっていこうじゃないか!

・・・と言って、話が通じればいいのになと思う。
相手の言葉がわからないのは青虫の方なのか、それとも僕なのか。
これもわからない。
おそらく、僕の方だろう。



  1. 2011/03/17(木) 02:04:00|
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Sympathy

 

3月11日に発生した東北関東大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
ニュースで痛ましい現場の惨状を見るたび悲しみがこみ上げて参ります。
さらに、深刻な原発事故の発生。
既に相当危険量の放射性物質が放出されてしまったとの事ですが、
これ以上事態が悪化しないことを祈るしかありません。

昨年来、田辺市で上関原発の反対運動に携わっている友人たちを介して見聞きしていた、現在の日本のエネルギー供給体制の独占状態について、大いに疑問を抱いていましたが、この事態が収束へと向かうことを祈ると共に、新しいエネルギー社会の芽が育つことを、祈ってやみません。

そしてなによりも、莫大な量の電力がないと成立しない経済発展最優先の社会自体が性格を改めない限り、本質的な解決は望めない。あまりに経済と政治が癒着しすぎていて、政治が本来の役割を果たせないでいるように僕には思えます。

では政治の本来の役割とはなんなのか?
僕は、極論的に言って、導くことだと考えています。

結果を受けて後手を打つのではなく、
先手を打って結果を導くこと。

さて、こういう理想論を吐くといつも言葉は我が身に返ってくる。


  1. 2011/03/17(木) 01:20:00|
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