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ものつくりの生活と仕事から。 大島寛太の日記パート2

霞始タナビク

 昨日2月24日は72候の霞始タナビク。
かすみはじめてたなびく。
霞が春景色を彩り始める頃。とのこと。






薮椿。
強い光に耐えきれないかのように、春になると散ってゆく、印象的な花。
大好きな花です。
















この季節、当・田辺市長野地区では梅、また梅。
梅の咲く背景もまた梅。
向こうの山の斜面も梅。
角を曲がれば梅。
窓を開ければ梅。
とくに雨上がりの夜は、しっとりとあたり一面に梅の香りが漂っています。
(クラクラ・・・)








おばあちゃん点景。
仕事場の窓をあけると、春の色彩のなかにおばあちゃん一点。
梅の白、芝の緑、菜の花の黄色、おばあちゃんは、控えめなスミレ色。
手前に枝垂れているのは柿の木の枝であります。


坂道を転げ落ちるように、今年の春は駆け足でやってきたように思います。
今朝の予報では最高気温が20度だった。
1ヶ月前は雪景色だったというのに、自然というのは緩急自在です。

最近よく考えるのでありますが、「スロー」ということについて。スローフード。とか、スローライフ。とか、一時期流行語のように使われていた言葉。日本語に直訳すると「遅い」。
早い遅いという感覚は相対的なもので、この「スロー」という表現は現代社会の時間感覚に対して言っている。お店でメニューを注文したら5分で食事が出てくる。とか、きょう品物を注文すると明日届く。とか、昨日シリアで起こったことが今朝の新聞に載る。とか、明日の朝出発して夕方にはサンフランシスコに居る。とか、そういう時間感覚に対して、自然は急がせることができない。人間が主体ではない時間の流れ。その時間の流れに寄り添うこと。これが僕にとっての「スロー」の解釈であります。仕事柄、余計に強く感じるのかもしれない。

全然、遅いわけではない。早いわけでもない。
自然という絶対時間に即して生活を試みること、考えること。
その基準を判断材料にすること。
客体として時間のなかに存在していることをイメージしておくこと。
これは僕が肝に銘じておきたいこと。








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  1. 2011/02/25(金) 23:13:00|
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雨水


 昨日2月19日は24節気の雨水。
雨水がぬるみ、草木が芽吹きはじめる。
72候は土ミャク潤起。ミャクは月偏に永。
どみゃくうるおいおこる。暖かい気候に土が潤い、活気づくころ。とのこと。
以上歳時記カレンダー談。

早い。月日が進むのが。

黙って仕事をし続けたい状態です。

先日は額縁の仕上げのため、長らく使っていなかった長台鉋を仕込み直しました。
飛騨高山の技能専時代に購入した長台。
家具つくりの勉強を始めたばかりで「なにはともあれ長台を買わなければいけない」という無垢な使命感に突き動かされて、真剣に悩み、選んだ鉋。
鋼はスウェーデン炭素鋼で、節のない針葉樹ならば艶よく削れるけれど、堅木には不向き。地金はス入りで非常に研ぎやすいけれど切れ止むのも早い。
鋼の種類や特性などなにもわかっていなかったのだ。
いまならハイスを選びます。
資金があれば青紙スーパーを試してみたい。
ちなみに今は常三郎さんの粉末ハイスの寸6をメインで使っています。
おそろしく長切れします。
欲しい鉋は何丁もありますが、まずは先立つものを稼がねば・・・。


  1. 2011/02/20(日) 23:23:00|
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魚上氷

一昨日2月16日は72候の魚上氷。
うおこおりにのぼる。
温かくなった水の中に、魚の姿が見え始めるころ。とのこと。







梅の花がきれいです。
近づくと、なんとも控えめだけれども、わたしはここにいるよ、とでも言いたげな、ひんやりとした香り。
今日はいよいよ春の高まりを感じさせる陽気で、久しぶりに仕事場の開口部をフルオープン。機械の配置換えなんかもしちゃって、気持ちの良い一日でした。

昨日は試作中のダイニングアームチェアを持って大阪の椅子張り屋へ。途中、高速が雪で通行止めになっていて、朝の8時に出掛けて帰りは夕方になってしまった。











今日は額縁サンプルの加工~接着。
4つの部材で完結する小さな窓。
ひろい意味でいってこの世とあの世をつなぐ窓だと思っています。
あの世はなにも閻魔様の住む世界だけではない。
イメージの世界、遠い彼の地の世界、顕微鏡でのぞいた世界、記憶のなかの世界、
額縁に入るのは時間と共に風化させたくない、させてはいけない「なにか」。
あるいは光のようなもの。
または香りのようなもの。
手触りのようなもの。
音楽、または音のようなもの。

味のようなもの?

・・・味だけはいまいちピンときませんね・笑。

(そうそう、一昨日はフキノトウのてんぷらを食べた。体が春を思い出すよねえ。宮崎駿監督のアニメ「千と千尋の神隠し」のなかで、あの世に迷い込んだ千尋嬢にハク少年がおにぎりをあげるシーンがあります。この世界のものを食べなければ存在が消えてしまうから・・・と言う。その台詞は僕にとってすごくリアリティーがあって、覚えている。僕は星野道夫さんの著作が大好きですが、そのなかで読んだ話では、エスキモーやインディアンのどの部族も、その住んでいる土地によって主食とする動物が違っていて、知らず知らずのうちに人間は常日頃食べている動物に、気性や表情が似てきてしまうという。そんなアホな・・・と僕は思わなくて、例えば漁師さんからいただいた鹿肉を食べる。僕の胃袋のなかで鹿の筋肉や脂肪が消化されてわたしはいのちを長らえさせ、その日の活力を得て、またその栄養の一部はわたしの新たな細胞をつくるために使われるのだろう。そういういのちの流れをイメージすると、例えば毎日毎日鹿を食べるとすると、、鹿がわたしになるのか、わたしが鹿になるのか、わからなくなってくる。鹿は山で植物や木の実を食べて育っているわけで、鹿の体には山の生命力がみなぎっているだろう。植物や木の実は大地を母として育つわけで、全ての水分は雨によっている。そうしてイメージを辿ってゆくにつれ、自分と自然界はまっすぐに繋がっていることを抽象ではなく事実として理解できる。食べることの本質はこれかなあと思う。自分をこの世界を直接に繋ぎとめる行為。だから箸はハシだし、からだのなかに渦巻く川や森や海を感じるといってもそれは抽象表現とは限らないと思う。環境保全などと言うけれど、人間も環境の一部じゃないか。というのが僕の持論です。ちなみにワタシは北海道石狩の生まれ育ちで、子供の頃から鮭をたくさん食べましたので、自分は少なからずシャケだと思っています。)


構成がシンプルなので、いつも考えてしまいます。
四角い角材を釘打ちでつないだ額の良さも好きですが、それはいつでも出来ることなので、くどくない程度に気の利いた額・・・・と考えると、これにはこれの難しさを感じます。今回は桜材にウェンジで一筋の線象嵌。3パターン試作しましたが、個人的にはコレがしっくり来た。

ppバンドを使っての固めは、日高川町で家具をつくっておられる石田徹さんのアイディアです。教えてもらったわけじゃないんですが、お邪魔したときにそういう光景を見て・・・。これは特許もののアイディアだと思う。高い箱締めクランプを買わなくてもいいし、軽いし、よく効く。ゴメン、徹さん。勝手に公開します・笑。





  1. 2011/02/16(水) 21:04:00|
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黄鶯ケンカン

 今日2月9日は72候の黄鶯ケンカン。
ウグイスの初音が聞こえてくる頃。とのこと。
・・・またムツカシイ漢字。
ムツカシイというかあまりお目にかからない漢字。
ケンは「目」偏に「見」、カンは同じく「目」偏に「完」。
ケンカンで広辞苑をひいてみましたが該当語はなし。中国語なのかな?


仕事場ではここ最近取り組んでいたダイニングアームチェアの試作1号がかたちになってきました。













画像1,2枚目のスミッコに写っているのはイメージを掴むために始めにつくった1/2モデル。
以前にも書きましたが、高齢者専用賃貸住宅の食堂のための椅子で、座面と背もたれ部は張り地になります。今回の仕事は不特定多数の方が座る椅子なので、椅子の寸法を、どのくらいの身長の、どんな体格の、どのような身体状況の方の合わせるか?というところが考えどころです。万人にとって座りやすい椅子というのは言葉では言えますけれど、現実には存在しません。すくなくとも形而下の物質的な世界では。だから、たくさん試してみたいことが出てくる。座面の高さや座面後傾の具合、
座幅、奥行き・・・僕にぴったりにつくれば身長150センチのおばあちゃんには座りにくくなってしまうし、小振りにしすぎれば体格の良い方には窮屈な椅子となってしまう。この仕事の注文をくださったシルバーウッドの下河原さんと相談しながら、今のところは2サイズくらいを用意して、体格に合わせて使ってもらおうか・・・という話になっています。
何かと比較して・・というのではなく、一目見てすがすがしく、気持ちの良い食堂空間を演出したい。
2脚同時につくっていたのですが1脚はある意味予定通り、加工の途中でクラッシュいたしました。


そうそう。
昼飯を食べに仕事場から家に帰るとき、今日はもっちゃんと遭遇。仕事場の前は路線バスの発着点で、バスの廻し場にもなっている。もっちゃんはバスで田辺へ買い物にいくところだったんですね。僕が仕事場として借りている建物は元々は地区の町内会館で、建物のトイレは地区のみんなが使う。農作業の途中とかでわざわざ家まで帰るのは面倒ですからね。今日は昼時、そのトイレでもっちゃんと遭遇。もっちゃんはお洒落なんで、下は赤のジャージ、カカトをつぶしてスニーカー履き、上はガクラン、もちろん詰襟金ボタン。その上にラフな厚手のコートを羽織っている。そう、ヒッピースタイルの原点とはこういうことではなかったか。多分60代だけどすごく若く見える。ある意味カッコイイ。そのもっちゃん。会うと必ず話しかけてきてくれる。「よう冷えるの」。今日はあったかいし。「あんたのとこはテレビあるんか」。ないっす。 「こないだ電器屋がきての・・・」なんでもテレビのアンテナを持って帰ったらしい。「もう電波来てないって言うての」。「アナグロ放送の」。いやアナログ・・・。「アナグロ」。いや・・・穴が黒くてどうするんすか・・・。



  1. 2011/02/09(水) 23:07:00|
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立春





昨日は24節気の立春。
72候は東風解氷。とうふうこおりをとく。
春風に氷が解け始める頃。とのこと。歳時記カレンダー談。

暦をまっていたかのように、一昨日あたりから寒気が弱まってきましたね。
昨日、今日はあたたかいと言ってもいいくらいの空気。

当地・長野地区でも早春の風物詩である梅の花が咲き始めました。

3日の節分は日付変更前に駆け込みで豆撒き。
皆さん豆撒きって何の豆を撒くんでしょうね。
ウチは殻付き落花生派。
我が父・リュウさんの流儀なり。
その後、撒いた豆は土間に落ちようが外の豆を拾おうが
殻をむいて食べるのですこぶる衛生的。おすすめです。美味しいし。
ところが今年は落花生を買い忘れていて、
しょうがない。ある豆を撒くしかない。
黒豆を炒って豪華に黒豆撒きでござい。
景気よく黒豆を撒いたんだから、若干(笑)景気よく福が舞い込むに違いない。

翌日は中辺路の北岡さんのところへお邪魔しました。
昨年に続いての鴨の会。
3羽を絞めて、その場で解体・精肉。
なんと北岡さんが手打ちの蕎麦を用意してくれていて、
鴨肉の炭焼き、ササミとレバーの刺身に鴨蕎麦まで。
じわーっと体にしみる美味しさ。
“食べる”ことの本質と、“食べることを楽しむ”ことを同時に教えてもらっている。
ものすごくいい体験をさせてもらっています。
ありがとう!

夜は先月に開催した「暮らしの手しごと市」の打ち上げ反省会。
これまた焼き鳥屋で・・・。
いい話し合いができたように思います。
次回は秋頃の開催を目指しています。




  1. 2011/02/05(土) 23:08:00|
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鶏始乳

 もう一昨日になってしまいましたが1月30日は72候の鶏始乳。
にわとりはじめてにゅうす。
鶏がタマゴを産み始める頃、とのこと。

家のまわりは、
今朝は再4の雪景色。





写真の右下の方に我らの住まいが見えているんですが、
屋根に雪をかぶっていてわかりにくいですね。
やあ嬉しい嬉しい、和歌山に居ながらにしてこんな雪景色に包まれるとは。
こんな風景のなかに身を置くと、
そうかあ、冬。本当に冬なんだと、体の芯があたたまってまいります。
例年は、11月に木枯らしが吹いて、なんとなく寒くなってきて、
ああ~寒いなあ~、寒くなってきたな~と思っていると、
2月にはもう梅の花が咲いて春。
なにか、行き着くところまで行き着かずに帰ってきてしまった旅路のような、
なんとなくな冬。

やっぱ冬はこうでなくちゃ~。
先週は27日も雪。


1/27


やあ、2月3日は旧正月。
いよいよ本当の正月らしくなってきた。
新春。その言葉が意味をもってやってきます。



ところで。
今年の寒さが影響しているのかもしれませんが、
先日ストーブ代わりに焚き続けているカマドがエライことになりまして。
荒割りの焚きものがなかったので小割りにした薪を多めにくべていたら、
突然ゴウゴウと燃えはじめ(結・談)、壁の貫通部の煙突(ステン・シングル)が真っ赤に赤熱。
(大声を聞きつけ、ここでワタシが登場)
あわや~あわや~!
空気の流入口とダンパーを完全に閉め、バケツに水を張って様子を見ていると徐々に収まりましたがイヤアびっくりした。
翌日煙突をはずして掃除をすると泡立って膨らんだタールが煙突内にびっしり。
砂糖を煮立てたような感じをイメージしてくだされば近いと思います。


泡立ったタール


薪ストーブを使い続けるうち、煙突内に次第にタールが付着し、ある日何かのきっかけで突然燃え始める。そしてそれは室内外の温度差でタールが付きやすい壁の貫通部で起こりやすい。ということは知っていました。確かUAの家の火事もタールからの出火が原因だったような。けれども流石に目の前で起こると反省します。そんなわけで煙突を念入りに掃除し、タールの付着が多かった壁付近の部分は新しいものと交換。これでしばらく大丈夫やろ~。





薪ストーブを使ってる方は沢山いると思うので、同じことにならないよう煙突の掃除は忘れないでくださいナ。特に壁貫通部とその屋外側。ちなみにカマドの煙突は結が2週間ほど前に掃除したばかりでした。煤を落とすだけでは不十分で、こびりついたタールが危ないみたい。壁貫通部だけはダブルを使うとか、中があまりに真っ黒になってきたら思い切って新品と交換するとか、ともかく危険なことになる前に手を打たねばなりますまい。今回は起きていて、カマドの近くに人がいたから良かったけれど、これが留守中とか就寝中だったらと考えるとヒェーッ。誰も同じ目に合わないことを祈っています。



仕事場ではアームチェアの試作をほふく全身で進めています。


  1. 2011/02/01(火) 00:10:00|
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