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ものつくりの生活と仕事から。 大島寛太の日記パート2

20101231




 大晦日。
12月に入ってからすごく早く感じた。
やらなければいけない仕事も沢山あるのに、そのほかの用事も多い。
ひとからげに“雑用”と呼んでしまうわけにはいかない。
人生を成り立たせているのはお金ばかりではない。

このことはここ何ヶ月か考えていることで、
このこと、というのは“雑”ということ。
その対岸にある“正”という文字。

日本では・・・
少なくとも僕の意識のなかでは、“正”という字義に対して“邪”、或いは“誤”という文字が浮かび上がる。正邪、とか、正誤という風に習っているから。

正しいことの反対は、間違ったこと、と。

今年6月に独立して仕事を始めて、
仕事をしながら“正解”を知りたいと思うことがある。
デザイン、技法、寸法の采配・・・いろいろな場面で、どんなに小さなことでも自分が決める以外に仕事は進まない。教わったこと、本で勉強したこと、経験的に分かること・・・それ以外の“わからない”ことにたくさん出くわす。好みで決められることもある、実験しなければ分からないこともある。実験には失敗が付きまとう。時間的に余裕のないこともある。

結果がわからない。

特にそのような時、“正しい”道が知りたくなる。
伝統に裏付けられた正しい作法、正しい技法、お客さんに向かってその由緒を語り、自他共に安心できるような正しさ。太い根のような正しさ。自分がその“道”を歩いていることで胸を張れるような正しさ。

ところが僕は、工芸的に言って正統な流儀を学んだ訳ではないし、ものいう履歴があるわけでもない。伝統工芸の正しい継承者ではない。そう問い詰めていくと、自分には正道を歩む資格がない。

では自分の歩く道は邪道であり、誤った道なのだろうか・・・。

日本で正林と呼ぶとすれば、秋田や北山の杉林や木曾の檜の山を指すだろうか。美しく手入れされ、文句のつけようのない人の手の成果。これまで育て磨かれ、これからも受け継がれてゆくであろう日本の財産。

雑木林とひとくくりに呼ばれる“その他”の山林では、いろいろな種類の樹がなんとか光を浴びようと枝葉を拡げる。蔦に覆われたり、隣の樹に勝ったり負けたりしながら。

名もなき一本の木。どこにでもある雑木林のなかの、どこにでもあるような一本の木。
自分はこの南和歌山の高尾山の山裾に茂る雑木林のなかの一本の樹のようであるしかない。

目的に達する道が一本ではないように、正しい道以外は誤った道とはどうしても思えない。
“正”に対して在るのは“雑”なのではないか。そしてそれは多様性と読み替えられるのではないか。
そしてそれらの観念は結果ではなく、過程なのではないだろうか・・・。

そんなことを、この秋から冬にかけて考えていました。








2010 12 31

Thank you




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  1. 2010/12/31(金) 21:55:00|
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ビ角解

 一昨昨日、12月27日は72候のビ角解。びかくげす。
シカの角が落ちて生え変わる頃、とのこと。

今年一年お世話になった“歳時記カレンダー”の最後の“候”。

26日、28日の忘年会に続き、今日は朝から餅つき。
結の実家の家族とともに餅米を蒸して石臼で、4升だけだけど。
この辺では杵(キネ)はヒメシャラが定番です。
今年は初めて“搗き”係から“合いの手”係へ。
お~、これ、案外むつかしい。やりがいあります。

やらなきゃいけない事は沢山あるんですが、午後は仕事場の掃除。
今年1月から借りはじめた旧町内会館の2階は、昔は芝居観劇にもつかったそうで3分の2は板敷きの大広間、3分の1は畳式の和室になっている。ゆくゆくはギャラリースペースとして空間を整えたいけど今は手が回らず、作ったもの置き場兼塗装場のまま。その床。もう何十年拭き掃除してないんやろ~。ごしごしと体重をのせて、雑巾をすり減らしながら拭けども拭けども雑巾はコゲ茶色。どんだけよごれとんね~ん!とおもわず関西弁でぼやきつつ。しかし雑巾で、埃がこびりついたようなところは真鍮ブラシも併用しながら磨いていくと真新しい板には決して備わらない味が浮かび上がってくる。汚らしいので新しい板を上張りしたい(いつか・・・)と思っていたのだけど、やめた。この板がいい。汚らしいのは板ではなくて使い方だった。古いものを磨くのが好き・・・ではないな。古くて良いものを磨くのが好きです。





  1. 2010/12/30(木) 23:00:00|
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冬至

 昨日12月22日は24節気の冬至。とうじ。
一陽来復のとき、昼がもっとも短い。この日から日あしは徐々に伸びていく。
72候は乃東生。ないとうしょうず。
カコウソウ(夏枯草)が芽を出し始めるころ。とのこと。

カコウソウ・・・前も出てきたなあ。ウツボグサのことでしたね。

夏のことを思い出すと、信じられないほど夜が静かです。
物音ひとつしない。
この静けさが冬のいいところだと思っている。





作業場では仕事の合間をぬって、ケヒキの工作。
ケヒキは木工や指物の仕事になくてはならない道具で、材料に正確な墨を記すために使います。木材加工の現場では、大工も、家具職人も、指物師も、材料に加工の目安として記す線のことを“墨”と呼び、墨を記していくことを“墨付け”といいます。これは古来、大工が建築材料に墨で印をつけていたことによるもので、現在家具制作の現場で墨を用いて墨付けすることは殆どないと思いますが、シャープペンを使っても、ボールペンを使っても、墨付けは墨付けと呼びます。ちなみに僕は、長い材料に直線を引きたい場合(主に木取り)には墨壷をつかいます。墨壷もなくてはならない道具で、これはまたいつか機会があれば。

墨付けの際シャープペンやボールペンの線では太すぎるので、刃物で細い筋をつけて本印とします。この細い線を“毛”と呼ぶ。“毛”を“引く”ものだから毛引き。ケヒキ。地方によってケビキとかケシキと発音したり、“罫引き”と表記することもあるようですが、元々の当て字は“毛引き”であるように思います。

いままで右勝手のケヒキしか持っていなかったので、左勝手をもう1丁つくっています。
なぜ右勝手と左勝手が要るのかを説明しようとすると・・・長くなりそうだし、これは主につくり手側の話になってしまうので割愛。

ちなみに左勝手の刃は三木の池内刃物さんで注文しました。
市販の廉価なものは鋼が入っているんだか入っていないんだか・・・堅木に使うと刃先がすぐにメロメロになってしまいますからねえ。
  1. 2010/12/23(木) 23:03:00|
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熊蟄穴 ケツ魚群

 ここのところ、やらなければいけない事が多く、暦を飛ばしてしまいました。
去る12月12日は72候の熊蟄穴。
くまあなにちっす。
熊が寒さを避けて冬眠するころ。
昨日17日はケツ魚群。漢字出てこず。
けつぎょむらがる。
サケが河川を遡るころ。
とのこと。
歳時記カレンダー談。

サケが河川を遡るころ・・・わがふるさと石狩はサケのまち。
僕も佐藤水産という水産加工会社の石狩工場で、バックパッカーには有名な「シャケバイ」をしていました。「シャケバイ」は・・・鮭アルバイトの略。北海道では鮭をシャケとも呼びます。ここ、和歌山で「左官」をシャカンと読むのと似ていて興味深いですが。その「シャケバイ」で貯めたお金を持って、沖縄まで行ってみようーと旅に出たのが、いま私が和歌山に住んでいることのそもそもの始まりで・・・。
おっと話が逸れた。

わかりません。石狩では鮭の漁期は9月1日の網入れに始まり、10月末までの2ヶ月間です。どうして今頃、暦ではケツ魚群。なのか。暦の中心地を京都~関西とすると鮭がのぼるという話の舞台は福井県あたりだろうか?昔は西日本の川にも鮭が遡上したという話は聞いたことがあるけど、それは今くらいの時期なんでしょうか?ご存知のかたいたら教えてください。




12月10日。
今年は紅葉がきれいですね。
12月9日は冷え込みがきつく、翌日の山は紅葉が際立って見えた。
写真の右下に見えているのが我が家。
裏山は高尾山といいます。
昨日、一昨日の夜も冷え込んだ。
昨日の朝は縁台の白菜(大江君、有り難う)に初氷がはった。


乾燥室

ロバタスツール20脚分の木取りを終え、乾燥室にて養生中です。
制作にかかるのはもう少し先になりそう・・・。
年末近し。
みなさん、風邪に気をつけてがんばりましょう!



  1. 2010/12/18(土) 21:29:00|
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大雪

 昨日、12月7日は24節気の大雪。タイセツ。
北風日増しに強く、雪大いに降る。
72候は閉塞成冬。ヘイソクフユトナル。
冬気強まり、人も生き物も万物皆閉じ塞がる頃。とのこと。

暦はこの時期に大雪・・・?
北海道でもまだチト早い気がします。
もともと月の満ち欠けを基準にした旧暦に沿った24節気、72候であるので、太陽暦に融合させるとどこかにズレが生じるのだろうか?
少なくとも和歌山ではもう少し先に当てはまりそうな節気です。

先週末はドキュメンタリー映画ミツバチの羽音と地球の回転」を観に行ってきました。詳しいことはリンク先のホームページに載っていますが、非常にパワフルな映画。
以下、少し長いですがホームページより鎌仲ひとみ監督のコメントを転載させてもらいます。

前作、「六ヶ所村ラプソディー」では原子力産業の最前線で生きる六ヶ所村の人々を取材しました。
どのようなエネルギーを選択するのか、今、私たちは問われています。
地球温暖化という国境を越えた環境破壊が進む時代に生きる私たちは、私たち自身の生活が環境破壊につながるというジレンマに直面しています。


このジレンマを解く道はないのか、とこれから作る作品で改めて問いかけたいのです。
構造的な環境破壊を根本から見直し、新しいエネルギーの作り方、使い方を探りながら社会のシステムそのものをシフトしていかなければ未来がないことを多くの人が理解し始めています。
ではどのようなエネルギーに、社会に、どうやってシフトしていけばいいのでしょうか?


私はそのヒントがスウェーデンにあるのではないか、と注目してみました。
スウェーデンは脱原発を国民投票で決め、2020年までに石油にも依存しない社会づくりをめざしています。
実はエネルギーをシフトする背景には民主主義や情報の透明性、そして人権意識の高さがあることが見えてきました。スウェーデンはCO2を削減しながらゆるやかながらも経済成長を続け、質の高い福祉を実現しています。
日本とスウェーデンの違いはいったいどこにあるのでしょうか?

目下、山口県上関町で新たな原子力発電所の建設計画が進められています。
この原発は瀬戸内海の入り口にある美しい湾を埋め立てて建設されます。この原発予定地の真向かいに位置する祝島の人々は建設に26年間、反対してきました。
しかし、島民の思いとはうらはらに計画は進んでいます。埋め立て予定地、田ノ浦は海底から淡水が湧く多様な生物の楽園です。祝島の漁師にとっても最高の漁場です。
祝島の人々の暮らしが持続可能でなければ、私たち自身もまた、持続可能ではありません。

「持続可能」という言葉は実に多様な意味を含んでいます。
その中でも私が最も大切だと考えるのは自然の法則に逆らわないということです。
今回の作品で表現し、伝えたいと思っているのは普段私たちが見過ごしている自然循環の大きな力です。それを敵にするのではなく、共に生きるという感覚です。

は、私たちの先人たちがそうやって生きて、1000年も2000年も文化や地域を持続させてきたのです。その生き方を再発見し、現代のテクノロジーと共に
生かしてゆくという課題があります。それが、私たちの持続可能で安心できる未来のイメージとなるのではないか、という予感がしています。
一方で絶望的とも思える現実を直視しながら、もう一方で今、存在する可能性と希望を、それがたとえどんなに小さくともあきらめない、そんな眼差しを持ってこの映画を制作したいと望んでいます。


この映画は旅するカメラの記録です。
まったくかけ離れた場所で生きる人間の営みを一本の映画にすることで私たちがこれからどうしたらいいのか、見えてくるのではないかと期待しています。社会をシフトする人間のエネルギーやネットワークが生れるためのメディアになりたいと思っています。


以上、ホームページより抜粋。


内容は、ヘヴィーでした。そして切実。まさに人生そのものです。
生きるということは、
ヘヴィーで切実なことだと思う。
春夏秋冬、喜怒哀楽、絶望と希望、未来と過去、自己と他者、善と悪、正と雑、清と濁、すべて自分のなかにある。まさに世界は自己の鏡だ・・・。

非常に良かったんです。
僕は滅多なことでは泣かないんですが久しぶりに泣きました。
祝島から原発建設に反対して体を張る漁師の言葉、オバーの姿。イデオロギーではない価値観と、その行動。同じ時代を生きるものとして、この映画を見て何も感じない訳にはいかない。アタマで考えることは不要です。なにを大事にすべきなのかはカラダが本能的に知っているのだ。

2011年2月19日(土)より渋谷ユーロスペースにてロードショー!とのことです。
その他でも全国各地で自主上映会が催されています。
この映画は熱いです。
是非是非、足をはこんでください。
  1. 2010/12/08(水) 22:47:00|
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橘始黄

 今日、12月2日は72候の橘始黄。
たちばなはじめてきなり。
ユズ・ミカンなどが黄色に色づき始める頃。とのこと。

仕事場では、関東行きで中断していたジキベラの続き。



まだ途中

今回は大小60本まとめてつくろうとしているのですが、
出来上がるのが先か、腱鞘炎が先か、心配です・苦笑。








(仕事場の床に散らばった木片に西日差す。ふとした無作為の瞬間は、罪がないのです。好きはいつも無条件、無意味で、他のことは後からついてくる)

ジキベラをつくるのは簡単で大変なんですが、ノミ(鑿)仕事のいいところは機械をまわさなくてもいいところ。チープなチープなラジカセで、音楽をかけながら。今日は久しぶりにDonny HathawayのLive!。坂本龍一氏は、雑誌か何かのインタビューで「人間の最も素晴らしい発明は?」との問いに「インターネット」と答えていました。このライブアルバムを聞いていると僕は「音楽」と答えている。





  1. 2010/12/02(木) 23:30:00|
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