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ものつくりの生活と仕事から。 大島寛太の日記パート2

おめでと!


昨日11/26は “い~風呂” の日。かおかおさんの誕生日。“枯葉散る~”とバカボンのテーマを歌いながらの誕生会。意味わからない人は下記youtubeにてこの名曲をお聞きください。

バカボンのテーマ

わかった・笑?


なにかもめてます

よかった。にんまり。オメデト!

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  1. 2009/11/27(金) 23:39:00|
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 最近は、最近は・・・仕事がんばっています。龍神での仕事。あまり家にいないので、さてブログを更新しようと思ってパソコンに向かうと・・・特に書くことがない・笑。なのでつぶやきが多くなってしまう。老人と海のサンチャゴ爺さんである。
仕事の方に重心がいっているので、仕事のことをジーワークスのブログに投稿してゆこうと思います。
良かったら覗いてみてください。

http://www.gworks-web.com/blog/blog_frameset.html

お店のブログにふさわしくないこと(どんなこと!?)はこっちに投稿します。

田辺は雨です。
さて風呂に入って寝ます。おやすみ。zzzz...



  1. 2009/11/25(水) 00:24:00|
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つぶやくつぶやく

 北海道からは雪の便りが届き、ウチでも初ストーブを焚きました。インフルエンザの蔓延が騒がれる昨今。気を抜けませぬ。昨日は龍神の紙漉き職人にして創作和紙作家Oさんが入院中(インフルではない)とのことでお見舞いに行って参りました。病院内はほぼ全員マスク。なぜかマスクをしていない僕の方が不潔なように錯覚してしまう。いや、不潔じゃないとは言えないが。病院の真っ白な空間は苦手です。無菌状態ほど不自然なこともない。よっぽどのことがない限りあまり薬も飲まない方です。たくさんの菌とともに生きていたい。死んだらお墓には入りたくない。有機的に土の栄養になりたい。大切な資源として扱ってほしい。そもそも終わりは始まり。姿かたちを変えて、炭素になって、酸素になって、また何かのいのちに取り込まれて、糞コロガシ君に転がされたり、誰かの吐く吐息となって、風にまぎれ、大気に溶けて、過去は延々と現在に降り注ぐ。のだと思っている。
  1. 2009/11/19(木) 22:37:00|
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フクロウのつぶやき

 龍神への仕事の行き帰りは、虎ヶ峰なる峠を越えて約40分のドライブである。今でこそ慣れたけど、通い始めた頃はもっと時間がかかった。仕事場につくと既に「ふぅ~ひと仕事したぁ~」って感じで。相棒の軽バンにはオーディオシステムがない。軽トラの方にはオーディオシステムがある。AMラジオだけ。いままで2年半一回もかけたことがなかったんだけど、先日あまりの眠さにセルフオーディオをかけるのもおっくうでラジオのスイッチを押してみた。いやすっごいいろんな局があるんですね!チューニングのつまみをクルクル回すと、ノイズの向こう側はいろんな電波が飛んでいる。濃い霧に包まれたように、どの局もはっきりと聞こえはしない、蜃気楼のようにつかまりそうでつかまらない。さらにトレモロとディレイが効きすぎていて曲はノイズのように、ノイズは曲のようで、ある意味面白くもある。サイケデリックトランスのような刺激的な曲に目が冴えて、無事帰宅できた。感謝。
別の日。昼間にまたサイケトランスが聞きたくなってラジオを入れてみた。するとそうなのか、まったく電波をつかまえられない。唯一聞けたのは日曜ラジオ礼拝の説教のみ(それはそれでいい話でした)。これはどうしたことか?夜に聞けたラジオが昼間は聞けない。たくさんの電波や電磁波が飛びすぎていて、ラジオの電波がよわくなってるんでしょうね。昼間はロウソクの光が見えないように。でもコレじゃまるでお化けか夢と一緒じゃないか。夜の静けさのなかでしか聞こえないなんて。
僕は現在どちらかというとフクロウ型である。陽が沈んで世間の物音が静まると、本来の時間がやってくる。その時間は過去未来の二次元ではなくて、自分の存在から放射状にひろがる360°の世界。その時間のなかで本を読んだり、音楽を聞いたり、考えたりするのが好きです。

  1. 2009/11/10(火) 22:02:00|
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きみなしでは




日曜日。晴れ。紅葉ちゅらし龍神の山へ松の木に会いに行く。
水先案内人は大江君。親父とふたりで100ヘクタールの山を管理運営する侍。最初は現在切り出している杉山へ。葉枯らし中の杉が行儀よく並んでいる。(葉枯らし・・・ハガラシ・伐採した樹木をそのまま山に放置して、葉から水分が抜けてゆくのを待つこと。木が軽くなる。ちなみに杉は立ち木状態での含水率が高く、木自体の重さの100~200パーセントの水分を含んでいる・・・と言われる。自分で量ったことはない。)



集材機を実際に動かして見せてくれた。植林山に入ると鳥の声が少ない。標高は800~900メートル。車の音もなく、静か。いやほんと静か。じっと耳を澄ますとカサ・・・と、葉のこすれる音が時折聞こえるだけ。人っ子ひとりいない。この場所で。毎日毎日毎日毎日・・・木の枝を打ち、木を切り、集めて、ダンプで下へ下ろしては、木を伐り、集め・・・を繰り返す仕事。この世の仕事は、2種類に分けられると思っている。人の方を向いてする仕事と、自然の方を向いてする仕事。・・・もとい。この世の“仕事ぶり”は2種類に分けられると思う。人の方を向いてする仕事と、自然の方を向いてする仕事。彼の誠実さ実直さは職業柄なのかと思いかけたがそうではないのかそうではないのだ。どんな仕事でも同じなのだ。職業ではないのだ。“仕事ぶり”なのだ。大事なのは。この写真から彼の仕事ぶりが伝わってくるような気がする。

林道をジムニーに揺られながら、それから松の木を見にいった。元で70センチはある立派な木。いい木だなあ・・・と見上げながら、なにつくろう・・・。どんな木目がでるか、製材が楽しみだ。



落ち葉の上を歩いていたオオセンチコガネ君。いわゆる糞コロガシですが、その仕事に神が敬意をはらったか、鮮やかな光彩は玉虫にも劣らない。僕も君なしでは生きられない。有り難う。ではまた。

P.S.ちっこいカンタ、誕生日おめでとう!

  1. 2009/11/09(月) 22:41:00|
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今日の近辺のこと

 雪虫が飛んで、和歌山にも冬の気配が漂ってきた。
龍神への仕事に通う道では紅葉がピークのようにおもいます。
ただし、半分以上は植林山。ビリジアンな杉の緑のなかにちらほらとハゼの赤、山桜の紅、コナラのオレンジ色。この季節には来年、畑に入れる堆肥用に落ち葉を集めるのが恒例です。
落ち葉を集めて、トタンで囲って、一年間生ゴミをそこへしまう。仕舞うんです。捨てるんじゃなくて。
大事に仕舞います。堆肥場にじゅんぐりに穴を掘って生ゴミを仕舞って、一回りする頃にはもう前回の生ゴミは大体無くなっている。すごいことです。生ゴミという呼び方がなんとも当てはまっていない。なんと呼ぶべきだろうか。いのちのかけら、だろうか。いやしかし、いのちに真ん中もかけらもない。ギリシア神話にあるアンブロシアという言葉が浮かんできた。神々の食べ物を指していう言葉で、いまウィキで見てみたところ不死を意味することもあるそうだ。これはふさわしい。巡りめぐる循環のなかで始まりと終わりが同居している土の食べ物。この落ち葉の山に、大雨の後などに道路に崩れてきた土砂などを注ぎ足し注ぎ足しして1年経つと黒いふかふかの堆肥になる。この堆肥を春と秋に我が家の小さな畑に鋤き込む時間がとても好きです。自然と共同作業したなあって実感があって。

10月31日、翌1日と、大阪・堺で行われた“灯し人の集い”に結が出店。僕の髭面が営業妨害にならないよう、こっそりと手伝いに同行しました。公式ブログによると両日で1万8千人の人手があったそう。そんなにいたか!?いや、人は多かったけど。実感として1万人は来ていただろうと思ったけど。お店に来てくれた方々、有り難う!1週間ぶりの方、1ヶ月ぶりの方、1年ぶりの方、5年ぶりの方!初めての方。貴重な時間でした。2日目は昼から雨。片付けでパンツまで濡れて、それもまた良し。帰りの車はノーパンステテコ姿。それもまた良し。

田辺に帰ってからは2・3・4日と地区の祭りの宵宮・本祭・幟たおし。樽酒に打ちのめされて、それもまた良し。

明日は龍神の山へ購入予定の松の木を見に行ってきます。弁当持ち。O君と。楽しみであります。山で木を見ることは、木を使って仕事をする自分にとっては大事なことです。写真撮ってきます。多分。
ではまた。




  1. 2009/11/08(日) 00:17:00|
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