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ものつくりの生活と仕事から。 大島寛太の日記パート2

額装について

 先日から取り掛かっていた額縁を昨日仕立てて、
本日発送しました。

油絵の額装は知りませんが、
版画の額装は、少し知っている。
中学生くらいの頃から、親父の個展前になると一緒に夜なべで額装の作業を手伝いました。
夜なべの楽しみは何と言っても夜食。
故郷の石狩本町方面に初めてコンビ二ができたのは
僕が中学生の頃だったと記憶していますが、
夜も更けてくると親父が夜食を買ってきてくれる。
定番はどん兵衛。それとスニッカーズ。
親父は横文字が苦手な訳ではないでしょうが、
スニッカーズのことをスニーカーズと呼んでいて、
微妙に違うところが上手い。
スニーカーな訳ないだろ・・・と茶化す相手もいないので、
ひとりツッコミを呟いて笑っておりました。
しかし、山と夜食で食べるカップ麺は何故あんなに美味いのか。
このために生きてたんだ・・・
とは思いませんが、空腹は最大のご馳走、
貧しきものは富めるものなり。
苦労することの意味は、有り難さを知ることであるような気もいたします。


話を戻して・・・
そう、額装。
今日は、基本のマット額装。
オホン。
マット額装といえば、作品のまわりに厚紙で窓をつくって、
なかのものを引き立てるように演出する額装のことです。
今回初めて知りましたが、マットボードにもランクがあって、
値段も3~6倍ほど。
上を見ればきりがないのが世の常ですが、
今回つかったのは、
ピュアマットという上質のもの。
紙自体が多分、弱アルカリ性で、
酸化による作品の黄ばみ、変色を防ぎます。
町の画材屋さんで売っているマット紙は、マット自体が中性~弱酸性で、
長時間空気と触れることによって酸化してしまい、
マットと触れている作品自体を変色させる原因になるそうです。



切り抜いたピュアマットとマットカッター。
下に敷いているのが廉価版のマット。
色も質感も、つまり品が違いますし、ピュアマットは紙質が緻密で、カット断面の風合いがいい。
しかし値段も3倍ほど違います。

今回、マットを切るために買った、O社の「簡単マットカッター」。
カット器具と、溝のついた専用定規がセットになっていて、
切る時にずれないというのが売り。



カッターの方はバネ内蔵式で、
マットを切る時に程よい負荷をかけながら、定規の溝をスライド往復させて、楽~に切れる。
はずなのですが、
負荷が軽すぎて、何度もカッターを往復させないと切れない。
2、3回で切れて欲しいのに、
シュコシュコシュコシュコ・・・何回も往復させなきゃいけない。
1、2枚切るならいいけど、
何枚もマットを仕立てたいときには、じれったく、仕事がはかどらない。
しかも往復させるうちに微妙に刃先がブレて、カット断面がうつくしょうならない。
なので、
内蔵のバネを替えました。



左が元々ついていたバネ。
右がコーナンで買ったステンの引きバネ。
バネを替えたら、2.5ミリのマットが一回引きで切れるようになり、
カッターを引く力がいりますが、気持ちよく仕事がはかどる。



マットは45度の出会い隅の、きりっとした角がいのちです。


つづく・・・



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  1. 2009/06/29(月) 23:13:00|
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先人の知恵

ひさーしぶりに。寄った。リサイクルショップに。

まずは、こっちのカスガイに目がいって、
手に持ってみると、手打ちの時代物です。
いつの日か、このカスガイを地金に使って、
研ぎやすい刃物を打ってもらうんだ。
という思いで購入。
涙が出るほど安い。
こういう鉄は、今は製鉄の工程が違うから、
欲しいと思っても、ない。
鉄道の犬釘でも、古箪笥の金具でも、
古い鉄を見ると欲しくなってしまいます。







それから、帰り際に目にとまった竹かご。
これも、値段を聞いてみると、
涙が出るほど安い。
この辺で『ぼっつり』とよぶ手提げかご。
梅やみかん、金柑の実を収穫するときには、
左の手首に袋、ないし、カゴをぶらくっておいて、
そこへ採った実を放り込んでゆく、というのが一般的かなと思いますが、
そのとき、腕にぶら下げておくカゴのことを『ぼっつり』と呼びます。
なんか、感じが出ていて可笑しい。
ちなみに、海へ釣りに行くときに、
釣った魚を入れておくカゴは『イソぼっつり』。
いまは、ナイロンの繊維を編んだ『ぼっつり』が当たり前ですが、
元はこんなふうに竹で編んでいたんですね。
口辺には、補強に銅線が巻いてあって、
割り竹肌と、表皮のツートンカラーも気が利いてます。
しかし野菜がよく似合う(涙)。
家の近くの、無人100円コーナーのキャベツと、
大石という品種のすももと、朝飯用の豆乳食パンなり。
竹という、身近な、豊富にある材料を、もっともっとつかいこなしてみたいものです。


  1. 2009/06/26(金) 00:39:00|
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ヒステリック・レイン

なかなか強い雨。
2~3年前からホント多いです。
こんな雨の降り方。
(田辺に引越して4年目だけど)
ヒステリックレイン。


ここ一週間ほどは額縁を作っています。
東京のCORBというギャラリーで、
オトーが個展をしているので、
なんとか、会期中の入れ替えに間に合うようにと
作業は深夜まで及びます。
しかし、
作業が深夜まで及ぶと、
翌朝、起きるが遅く、
結局、仕事量はそんなに変わらないような・・・
気もしますが、
一度、夜循環にはまると
なかなか抜け出せない。
しかし、
いいこともあります。
いつもは滅多に起きていない夜明け時、
障子窓越しに、
夜が明けていく、ぼうっと青く。
鳥が一羽鳴く。
もう一羽鳴く。
それから、堰を切ったように音が溢れる。
この鳥たちの夜明けの合唱をドーン・コーラスといいます。ね。
夜明けの時間が一番好きです。
毎日のことなのに、いつも新しい。
それから、ゆっくりとした
時間。



  1. 2009/06/23(火) 00:26:00|
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長老

いやあ、前回、ヒキガエルのことを話していたら、
タイミングよく姿を見せてくれました。
遅い夕飯を食べた後、風呂場から結の『きゃー』という声。
『なに?』
『ヒキがムカデを食べてる・・・』



これは貴重な一枚!
この時点ではムカデはまだチロチロと生きていて、
澄ました顔の長老の口からムカデの尻尾が出ている絵は、
笑えて感心。
咬まれないのかな。
この後、右手でかぱっ、かぱっ、と押さえながら、口の中にねじ込んでいきました。

うちの風呂は半露天で、ヒキがいたのは50センチほど低くなった、焚き口の前。
なんでこんなとこに落ちたんやろ?
食休みをしてから茂みに戻ってもらいました。

しかしムカデを食べてくれているとはしらなかった。
ごとびき様様です。

 

ちょっと似てるかも。
先月、ハラシの結婚式で東京に行ったとき寄った、
国立博物館で見たワニの彫刻。
多分、ミクロネシアかどこかの民の作。



すごい迫力。
でも恐ろしい感じではない。
どこかユーモラスで、人間的な印象がある。
考える前に、
面白い!と感覚する。
放り投げられた石が、自分のなかでコーンとなにかに当たる感じ。
何故いいのか、
より、
いいのは何故?
そういう風にしか、興味・関心・理解は前進しないように思う。


  1. 2009/06/16(火) 23:26:00|
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梅雨の野辺から

和歌山も先週(だったか?)
とうとう梅雨入りして、草木いよいよ猛々しく、
これからは、田舎暮らしをするものは
草と闘わなくてはならない季節。
北海道の、冬の雪かきがないかわり
暖地には草刈りが待っていた。
ちなみに、
飛騨では雪ハネと呼んでいた。積もる雪の量の違いでしょうか。
故郷・石狩の雪は『ハネる』なんてもんじゃあなかった。
ただし、
ここ数年は暖冬の影響で雪は極端に少ないそうです。
数年前、実家の母が、今年は一回も雪かきしなかった!
と言っていた。
末恐ろしい。
科学が予言する悪夢は、本当に到来するのだろうか。

怠惰な種まきを終えた畑でアカガエルを発見。
多分、ニホンアカガエル。




カエルの、どこかひょうきんな姿を見ると、
童心を誘うのか、じゃれた気分になる。
拙宅の近くには細い沢が流れていて、
見ることのできるカエルは、
アオガエル、シュレーゲルアオガエル、トノサマガエル、ヒキガエル、など。
このなかでも、ヒキガエルはさながら王者の風格があり、
物腰も柔らか。
木の棒で突っつこうが、持ち上げようが、
慌てたりはしない。
気難しそうな表情が姿に似合わず、
動きは常に超スロー。
このカエルには思想がある(笑)。
あまりに動かないので、こっちが飽きて席をたっても
彼はなお動かない。
そんでしばらくして戻って見るといつの間にかいない。
一度は、石垣の隙間に頭だけ突っ込んで、じっと、
多分、かくれていた。
ウミガメと動き方が似ているかも。

昨日はホタルが飛んで(平家蛍・小さくてチカチカとせわしない)、
蟻が大行列をつくっていた。
こんなに蟻が列をつくると、決まって大雨になります。
これは結が、予想と結果を重ねた、かなり確立の高い方程式。
蟻+大行列=どしゃ降り
であります。
みなさま、一応、ご注意あれ(田辺市限定)





  1. 2009/06/14(日) 23:10:00|
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生で行こう

昨日は満月。今日は16夜?
曇りで月が見えません。

時々刻々、
新聞に載らない方のニュース。
先月から地元の浜でイワシがあがっています。

去年、このウルメイワシを塩とオリーブ油で漬けてみたところ実にうまい。
ピザにパスタにサラダにと重宝します。
なので今年は浜で大量に買ってきて、二人で一日がかりで一年分のアンチョビを漬けました。
普通、アンチョビというとカタクチイワシで漬けるものですが、
カタクチイワシは水揚げ量がすくないので、あるものでいこうと。
これ、名づけて黒潮アンチョビといいます。
商品化したいくらい、新鮮さ、安全性、美味しさに自信があります。
けれど、これを商売にすると、そこに鬼が芽生えます。
資源枯渇、環境破壊。
これすべて、商売による搾取なり。
自分が必要な分だけ、自分で採る。
この姿勢が大事なのだと思う。
でもいいと思うなあ。黒潮アンチョビ。
本業を決めてなかったらやりたいなあ。
売れるやろなあ(笑)。

死後硬直の始まる前のウルメイワシ。
この背中の青が本当にきれいで、
なんというか、生きているものにしかない美しさというか、
人間が作り出せない生命力の放射。

塗った色ではなくて、
内側から発散している色。
料理というのも、同じでしょうか。
味をつけるというよりは、素材の味を引き出すこと。
ものつくりでも、素材の個性を引き出している仕事を見ると、
うまいなあ、と感じます。
或いは、こういう価値観は日本的なものでしょうか。
少なくとも、自分はそうだなあ。
素材の性質をいかに味わうか。
人と付き合うことにおいても、やはりそうでしょうか。
そして自分と付き合うことにおいても?
こう設問しなおしてみる。
では自分を料理するべきか、素材のままで行くべきか?
とりあえず、生きているうちは、
料理されたらかないませんね(笑)。

  1. 2009/06/09(火) 21:26:00|
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