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ものつくりの生活と仕事から。 大島寛太の日記パート2

窯出



19日朝。200度くらいまで温度の下がった窯のふたを開ける。




燃え残ったおきを掻くとにわかにぱちぱちと燃え始める。
このおきと灰は、畑にまいて、春蒔きの種の土をつくる。

手前から、場所と焼け具合を見つつ出していく。



1セクションの天の棚から。
灰が飛んで、古色を帯びた雰囲気。火裏には緋色が出ていてなかなか良い。



2セクションの天の棚。南蛮焼き締めらしい、明るい色が出てきた。



喜んだのも束の間。底の方は酸素が不足しすぎて、色彩の失せた世界のような影法師。
天と底でここまで変わる。



3セクション。今までの窯焚きでどうしても出なかった色が出てきた!




南蛮らしいオレンジ。・・・これは本当に嬉しい。

窯のなかで、いつの、どんな要素が干渉してこの色がでてくるのか。
窯焚きは中が見えないからおもしろい。

夕方を向かえて、斜陽を浴びる焼締めをアテにビールをあける。
窯出しを祝って乾杯するのは、今回が初めてです。

結、おつかれさん。


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  1. 2009/04/20(月) 22:22:00|
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4月18日 土曜日

4月18日 土曜日。

集落で“奥の院”と呼ばれている場所にある我が家に、愛する友人たちが遊びにきてくれました。
奥の院というのは、地区の寺の奥の院という位置づけで、近くにあるお地蔵さん・道祖神を指しています。県道から先、ウチへ続く農道は幅2M40。慣れてくれば広々としたもんですが、この細道を敬遠する方は多い。
木工と焼き物の石田夫妻と、藍染計良の隼人君。
友人と書きましたが、同時に友人以上の先輩でもあります。




この季節は、寒さも和らいでいて、蚊も出ていないし、
外で焼肉をするにはもってこいでした。
肉は北海道・中頓別で放牧酪農をしているAさんのとこの、多分ジャージーのばら肉。
肉はかためで、噛むほどにうまい。そして脂がうまい。
霜降りの牛肉は一切れめはうまいけど、二切れめからはくどくなってしまうのに、
この肉は何切れたべてもうまい。和歌山へ転送してくれた父に感謝です。

お疲れのところ来てくれてありがとう!


酒は好きだが弱い私は、夜はこれからというときに寝てしまい、
そのかわり朝は早く目が覚めた。早朝の南の空。三日月がでている。さあ、今日は窯出しだ!


つづく・・・



  1. 2009/04/20(月) 21:21:00|
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鶏飼い日記from天野

 
あたらしいリンクを追加しました。
僕は二十歳過ぎのころ、北和歌山で一年弱の居候生活をしていて、
わずか一年のあいだに自分の価値観がひっくり返るような濃密な生活を経験しましたが、
そのとき、一緒に仕事をした妹尾さん。
自家製有機飼料で、放し飼いの鶏を飼っていて、
美味しい卵と鶏肉を生産しています。
いや、しかし卵を生産しているのはニワトリだし、なんて言えばいいんだ。

妹尾さんは南北に車を走らせ調達した材料でつくる自家製有機飼料でニワトリを放し飼いしていて、愛情たっぷしの餌と交換にニワトリから卵をもらい、安心・安全、そして自然な食を家庭に提供している。

高野山の麓、田んぼや茅葺民家(上からトタンで覆った家も多いですが)の残る
天野の里での、フォトも楽しいブログです。
鶏飼い日記from天野



ここで自分の宣伝もさせてもらうと、
昨年、妹尾さんが座卓を注文してくれて、
納品がてら久しぶりにお宅にお邪魔して、楽しい一晩を過ごしました。
季節は秋。
高野・龍神スカイラインで道すがら採ったキノコと、田辺で買っていったカワハギ(この辺ではハゲと呼ぶ)を、地鶏のスープで寄せ鍋にして、うん。うまかった!



  楢の座卓



  脚はこんな風。貫でつないでいます。


また飲みましょう!




  1. 2009/04/14(火) 21:34:00|
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まつりのあと


早朝、窯を焚き上げ、蓋をしました。
今回は窯の温度が上がらず、1100度前後で引っ張って灰を溶かしました。

南蛮らしい、赤~オレンジの焼けをねらって焚きましたが
(土のなかの鉄分が、焼成中の窯のなかの酸素濃度によって、緑から紫まで変化します)
開けてみるまでどんな焼けかはわからない。





400度前後から、小割りにした梅の木を10分おきに投げ込み、
1100度を越えるころは、16本。
その後、窯の横に設けた窓からも、薪を配り、
今回は最後に、窯のなかを薪でほぼ満杯にしてねらしました。

夜が明けて、蓋をした窯はさっきまでの灼熱が嘘のように静まり返っている。
近づいて耳を近づければ、なかからは『ぼつっぼつっ』とおきが燃える音が聞こえてくる。
これから自然に窯が冷めるのを待ち、
窯だしは日曜くらいの予定です。




  1. 2009/04/14(火) 20:38:00|
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窯焚き 其の2


窯焚き3日目の夜。
夜番を交代して、温度は800度手前。
温度は順調にきています。










10分おきに薪をくべるので、焙りはじめの気楽さはありませんが、
読書はできる。
今夜の友書は辻 信一のスロー・イズ・ビューティフル。
初めの方は、面白く読んでいたんだけど、
全編通じて、執拗なまでの現代批判が貫いてあって、
ちょっと飽きる。
ファストがイコール・ビューティフルなわけではないように、
スローがイコール・ビューティフルなわけではない。
新しいものが良いわけではないように、
古いものが良いわけでもない。
けれど、スロー・イズ・グッドではなくて、スロー・イズ・ビューティフルと表現してあるところに、
著者のおおらかさを感じます。
いい言葉がありました。
サン・テグジュペリ。
完璧さとは、付け加えるものがなにもない状態というよりはむしろ、
取り去るものがもう何もないという状態のことだ。


すぐ、自然という世界が目の前に浮かんだ。


  1. 2009/04/13(月) 03:07:00|
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窯焚き


前回記事の続き。
最手前、口を閉じる前の窯の中の様子です。




昨日、火入れをして窯焚きがはじまりました。
二日目の夜番を交代して、いま3時46分。
もうこの時間になると眠気も覚めて、寝るに寝れない。





初めのほうは炙りといって、ごくちょろちょろと火をたきながら、
土のなか、窯のレンガに残っている湿気を飛ばしていきます。

読みかけの本を持って、おき火を七輪にとって湯を沸かしながら、
炙りの窯番は列車の窓際の席にも似て、
ゆったりとした時間が流れます。
ちなみに今夜の友書は神坂二郎の「縛られた巨人・南方熊楠」。
熊楠の評伝を読んでいると、この奔放な人生をどう評価していいのかわからなくなってしまう。
類稀な才能を持ちながら、生前その評価は公のものにならず、
書簡集などの引用を読むと、我が意にならず。無念の情も嗅ぎ取れる。

もっともっと大きな仕事ができたのではないか・・・。
そう思ってしまう。

けれど、人生は評価されるものではなくて、みずから生きるもの。
未完の大器のまま没した熊楠の生涯は、
今もって深い余韻を僕に残します。
笑ってしまうが、どこか哀しい。
南方熊楠がいてくれて良かった。
ジョン・レノンがいてくれて良かった。
終わらない物語を受け取って、僕たちの人生は少し豊かになる気がします。






  1. 2009/04/12(日) 03:33:00|
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結の仕事

賢妻・結は10日火入れの予定の窯焚きに向けて、
窯詰め作業にはいっています。
地の土で、地の梅の木で、今回は焼き〆。
このときばかりは、僕も門前の小僧になって、
仕事を休んで、窯焚きの相方をつとめます。
5泊6日の非日常がもうそろそろ始まります。



  1. 2009/04/08(水) 23:38:00|
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うわごと

今宵、月が明るい。
満ちているのか、欠けているのか、今年は暦カレンダーがないのでわからない。
生えたままにしている小松菜の穂先で、鞘がはちきれそうにふくらんでいる。
桜の花は散りかけている。
梅の木は実を太らせてゆく。
雑草がおそろしい勢いで伸びている。
万事、流転とは言いがたいなにかしらの方角をもって、それぞれの時を生きている。


酔寛

  1. 2009/04/08(水) 23:29:00|
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愛すべき隣人たち 其の三


僕の田辺での暮らしはこの人たち抜きには語れません。






其の2に登場したせいやんの奥さんのそんちゃん。
せいやんと連れ合いになったのは、50年近く前。
馴れ初めの初デートは甲子園での野球観戦だったらしい。
カメラを向けると、やめてくれ~笑、と恥ずかしがっております。
そんちゃんは手を動かすのが好き。
これはお寺の分、これは奥の院の分・・・とお地蔵さんに掛ける涎掛け(マフラー?)とか帽子を沢山縫っておいてあって、お盆や正月前には新しいものに替えてまわる。
自家製の漬物もなんでもつくる。らっきょう、高菜、白菜、沢庵、麹味噌に金山寺味噌、キムチも漬けるし、こんにゃくもつくる。春には茶摘みをして一年分の番茶を用意する。
一度、一緒に茶摘みをして、茶の製法を教えてもらった。
茶の新芽を摘んで、大釜で少し焦げるくらいまで炒り蒸しにして、それをむしろに広げて、揉む。
むしろごと、中に茶ッ葉を巻くようにして揉む。ひとしきり揉んだらそのままむしろで干す。2時間かそれくらいして葉が乾いてきたら、また同じように揉む。そして干す。そして揉む。たしか、この辺で一日目は日暮れ。次の日もむしろでカラカラになるまで干して、出来上がり。
袋に詰めておいて、飲むときには小出しにして炒ってから淹れる。
出来立ての茶は、緑色の香りというか、茶ッ葉のいい香りがしてそれは贅沢な一杯です。
紀州では、茶粥を愛食するので、通年、茶はかかせない。何故、茶でおかゆを炊くんだろう?
香りがいいのと、痛みにくいのかもしれない。

遊びにいくと、いつもなにかご馳走になる。こないだはワラビと豆腐の炊いたのを出してくれた。
せいやん曰く「あるものしかないで」。
そして、あるものはみんな出してくれる。









3世帯家族のせいやんのところに最近新しく加わった家族。
“あんず”。
かぁ~か・わいい・・・。
真っ黒で、目と鼻が写真で見えにくい。
撮ろうと思っても動き回るのでなかなかシャッターチャンスがない。
2枚目はそんちゃんのおすわり!の声に数秒間従っているあんず。
ご飯と散歩、そんちゃんが母さん役です。





  1. 2009/04/07(火) 23:33:00|
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愛すべき隣人たち 其の二


僕の田辺での暮らしは、この人たち抜きには語れない。






せいやん!
其の一で紹介したたけやんが、テクニカルなリーダーだとしたら、
せいやんはスピリチュアルなリーダーです。
せいやんとたけやんは一歳違いの幼馴染。
70年近く、共に育ち、共に遊び、共に悪さをし、共に働き、今も生まれた場所で暮らしている。
せいやんや、たけやんが若い頃、だからそう遠い昔ではない4,50年前までは、長野でも牛で田んぼを耕していた。車もなかったし、家を建てる木も、山から自分たちで伐って、肩でかたげて運んできた。せいやんから、昔の話を聞いていると、時代の流れの速さを痛感します。自然界に流れているいる時間と、僕たちが生活している時の流れのギャップというか。
せいやんは、いつも元気。
寝るのは超はやい。夕方の7時ころ遊びにいくともう寝ていたりする。
冬は太陽の動きに合わせてさらに早い。
夕方の6時ころでも、寝てそうな気がする。その分起きるのも早い。4時5時は当たり前、早いときは2時3時くらいに目が覚めて、寝付けないのでテレビをつけると、番組は終わっているし、始まってない。しょうがないのでザーッというテレビを見ながら(かどうかはわからないけど)とりあえず一杯やるらしい。
こっちへ引越してきて、まず友達になったのがこのふたりのじいちゃんで、友達になったというよりは受け入れてくれたのだと思う。僕が知りたいと思うようなことを知っていて、それを手渡してくれる。
とにかくせいやんは三度の飯より酒が好き。一緒に夕飯時に飲むこともあるけど、米粒は少ししか食べない。米粒は、和歌山名物の茶粥であることが多く、おかずは、こっちでコンコと呼ぶ自家製沢庵漬けとメザシをちょびっとかじるだけとか、その位。マクロビオティックなどの飽食アレルギーからは程遠い、せいやんの生きてきた時代がその食生活からも伝わってくる。

いつも快く迎えてくれて、楽しく飲ませてくれるせいやん。
せいやんと飲むと、
ぬる燗の清酒も美味しくなってしまう。
何故、あなたはそんなにものも持たず、満たされた心を持っているんでしょうか。






  1. 2009/04/02(木) 22:43:00|
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愛すべき隣人たち 其の一


僕の田辺での暮らしは、この人たち抜きには語れない。




たけやん!
土建屋もこなす兼業農家で、饒舌なとんちの冴える74?歳
本職は、釣りか、石積みか、梅・みかん農家なのか、本人に聞いても不明(笑)。
好きなとんちフレーズは
『風呂の釜と一緒で湯~(言う)ばっかしや~』とか、
『腹?減ってないよ。1個しかないもんよ』とか。
ある午後、僕が『また雨降ってきましたね~』と言ったら
『雨は降るけど、股は降れへんろ?降ったら往生や~カッカッカッ』と大笑していた。

畑が近いので、ウチにもよく寄ってくれる。
『お~い』と低く言いながら、肩を揺すりながら、やってくる。

山で石割をするところから始める、石積みの仕事を若いころからしてきた。
ユンボで山を切って、出てきた石を積み、
コンクリートが現れてからは生コンを流し、そうして道を作ってきた。
僕が毎日車で走る家からの道も、そうしてたけやんがこしらえたものだ。
机に座ってする学問はしてなくとも、
自然を相手に仕事をしてきたなかで身につけた知恵がぎっしりと詰まっている。
一緒に仕事をしているときが一番おもしろい。
ロープの結び方ひとつにしても、その場に応じていくらでも出てくる。
石を積む時の、石の顔の見方。
ジョレンやらツルハシの使い方、生コン仕事のコツ、その他、地の言葉や風習、風の吹き方、釣り、およそあらゆる方面にわたって口で、仕事で教えてもらっている。

僕は勝手に、僕の重要無形文化財に指定している。

家の工事をしていたときは、特に助けられて、基礎工事の程度とか、素人がついやりすぎてしまう加減みたいなものを、覗きにきては教えてくれた。
棟上のときは、せいやんと共に、ボッキなるものを持って手伝いにきてくれた。
口で説明するのも難しいけど、ボッキというのは人力クレーンみたいなもので、
レッカーのない昔は、どんな重い梁でもこれで上げたんやで~と言いながら段取りを進める。
一本の丸太の末口にチェーンブロックが取り付けてあって、
その丸太を、持ち上げたい横架材のほぼ真下に立て、こけないように3方にロープで張る。
横架材にかけたスリングをフックにかけてチェーンブロックで引きあげる。
これ、実にシンプルですが、やりなれていなければ、現場で手際よく進めることはとても出来ません。
機械のない時代のやりかたを知っているので、なにせ仕事の応用が利く。
道具がなければ、ないときのやり方をしっている。
テクニカルなわが師匠です。




  1. 2009/04/02(木) 20:33:00|
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無題



うるわし、あけびの花。







春という雰囲気が見事に咲いています。



今日は、ジーワークスの仕事は休み。
はいたままだったスタッドレスを夏タイヤに変えて、
大分ほったらかしにしていた軽トラのオイルを換えました。
僕たちの住む長野は、高雄・槙山二峰の南斜面にかじりついているような、
坂道ばっかりの集落で、かつては石垣を積んでこしらえた棚田で米を作っていたそうですが、
いまは換金作物の梅とみかんが主力の農村です。
自然、各家庭には1台ないし2台の軽トラがあって、
逆に言えば、細い農道を縫って上り下りばかりする農業は、
軽トラがあるから成り立っているようなもの。
この地区では軽トラといえばH社が多い。
エンジンの馬力が強くて、坂道でも楽に登っていくのはHの車。
S社の軽乗用車とかになると、街乗り前提でつくってあるのか坂道はからきしです。
僕の愛車のD社の軽バンは、これは平成3年車よいうこともあると思いますけど最悪で、
毎度うなりをあげながら家路を登ります。
今度、車買うときはHにしよう。
いつになるかわからんが・・・。



昼からは中辺路の製材所に出掛けて、広葉樹の丸太を見せてもらった。
末口40センチで4メートルの丸太が6万円。
(すえくち・・・丸太の梢の方の断面。根元の方の断面は元口“もとくち”と呼ぶ)
立米(㎥・・・木の材積の単位)単価で約12万円。
製材品の市場価格と比べれば安い方ですが、
車検で痩せた懐にはちと高いな、と。
ああ、諦めました(泣)。


その後は、初めて田辺のフェアトレードショップ“ぴーす”へ。
今度、5月に来和歌する友人が、自分の曲を披露したいということで、
機材の相談も兼ねて。

音の旅人・景井雅之は中学校以来の友人で、かつて一緒にバンドを組んでいた。
僕は、音楽の道から木工の道へと鞍を換えたけど、彼はその道でずっと来た。
5月3日に、京都の松尾大社で開かれる草雲会(そううんえ)というイベントに参加した後、
田辺へ来ることになっている。
田辺、龍神には紹介したいような自立した自由人が沢山いるので、
どういう運びになるかまだ決まっていないけど、今から楽しみです。





  1. 2009/04/02(木) 19:12:00|
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